会員登録

就職ノウハウ

法科大学院修了生の内定受諾と「合格発表」、「就職活動の継続」

Q.【ブログ記事】内定受諾後の辞退は許されるか

A.

司法試験の終了から約3ヶ月が経つ8月中旬ごろになりますと、企業の内定を獲得する法科大学院修了生がチラホラ増えて来ます。しかし、企業から内定を獲得し「内定受諾」の意思表示をしたにも関わらず、①内定先企業に内緒で就職活動を継続し、別の企業で内定を獲得したことを理由に入社を辞退する方、②司法試験合格を機に「合格しても修習には行かない」との前言を撤回して入社を辞退する方などが稀におられます。

『一社目でどこの会社に入社するのか』、『司法修習に行くか行かないか』、こうした人生を左右する重要な選択の場面で、法科大学院修了生はどのような軸で決断を下せばよいのでしょうか。今回のコラムでは、この難しいテーマを考察して行きます。

 

 

内定受諾後に辞退を検討する法科大学院修了生の心理

正直、数は多くありませんが、内定受諾後に、他社での内定や司法試験合格を理由に、実際に入社を辞退した法科大学院修了生が過去にも一定数おりました。実際に辞退はしないまでも、入社日ギリギリまで就職活動を継続していた方、合格したら修習に行くために入社辞退しようと考えていた方、少しばかり、そうした思考が頭をよぎった方などを含めて考えますと、相当数の方が内定受諾後の辞退を大なり小なり考えたことがあるのだと思います。

内定を目指して就職活動を行い、様々な困難を乗り越え内定を獲得し、自らの意思で内定を受諾したにも関わらず、どうして、『辞退』という選択肢が頭をよぎるのでしょうか。これまでに伺った主な言い分を挙げますと、以下のようになります。

 

 

(1)自分の人生における重大な決断なので、その重さに比べれば、多少企業に迷惑をかけるのもやむを得ない

(2)内定受諾期限が短い中、決断を急かされたので、自分の中で納得感が小さく、他の企業の就職活動を継続したくなった

(3)企業には多数の応募者がいるので、自分が辞退しても、それほどの迷惑はかからない

 

 

中でも、一番多いのは(1)の、自分の人生の重みを最優先するパターンになります。

 

 

内定受諾後に辞退された企業に生じる損害

では、内定を受諾した応募者に土壇場で辞退された企業には、具体的にどのような損害が生じるのでしょうか。

まず最初に挙げられるのが、「採用コスト」の部分になります。企業は、相応のコストをかけて人材の採用を行いますが、内定者が内定受諾後に辞退をしてしまいますと、そのタイミングでは、既に別の応募者に対して落選連絡を行っていますので、それまでにかけた採用コストが完全に無に帰してしまいます。

(企業が保険として第二候補・第三候補の選考結果を保留しておくのは、内定者が受諾するまでとなります。)

 

そうなりますと、企業は再度、コストをかけて選考をやり直す必要に迫られます。金銭面での負担が増すのはもちろんのこと、内定から入社までの期間が短い“中途採用”の場合には、新戦力の入社時期が大幅に後ろ倒しになり、編成上の問題が生じることになります。また、“新卒採用”の場合には、優秀な人材が他社で内定を獲得し市場から退場したタイミングで、改めて採用を行わなければならなくなるため、本来であれば獲得出来たはずの人材層からの採用が出来なくなるという致命的なダメージを負うことになります。

 

 

◆採用コストとは

一般的に、採用コストは外部コストと内部コストに分けられます。

外部コスト:外部へ依頼する、広告費や人材紹介費用など
内部コスト:面接や採用を行う時間や労力にかかる人件費など

※「求人広告費」や「会社案内などの採用ツールの制作費」など、採用する為には多くの費用がかかります。

出典:「中途採用の採用コストってどのくらい?:採用戦略研究所

 

 

 

 

◆中途採用1人あたりの平均コスト

中途採用のコストでは広告費用は約227万円、人材紹介費は約561万円、1人あたりで約40万円

出典:「中途採用の採用コストってどのくらい?/採用戦略研究所

 

 

 

◆新卒採用1人あたりの平均コスト

2018年「マイナビ企業新卒内定状況調査」によると、1社当たりの新卒採用費総額の平均は約493万円、1人当たりの採用単価は約53.4万円

出典:「人事バンク/採用にかかる費用ってどのくらい?

 

 

企業側の体感として、追加の採用コスト+α(編成上のダメージ、優秀層の取り逃しetc.)で、100~300万円ほどの損害を被るようなイメージになりそうです。

 

 

「内定受諾後の辞退」の法的な取り扱い

内定受諾後の辞退に関連して、あちこちのサイトで、「内定受諾には法的効力がないので内定受諾後の辞退は自由」という記述を目にします。こうした記述は、ある意味で正しいのですが、その一方で、「辞退は気軽に出来る」というミスリードを誘うものになっていると感じます。

 

法科大学院修了生にとっては、今さらのお話になりますが、契約は「申し込み×承諾」という意思の合致により成立します。そして、内定の受諾は、企業からの内定通知という「雇用契約の申し込み」に対する「雇用契約の承諾」にあたり、これにより、雇用契約が成立します。これは、内定受諾により、受諾者は契約上の義務を負うことを意味します。

内定受諾により「絶対に内定先に入社しなくてはならない」という法令上の義務を負うことはないものの、内定先に対する契約上の義務は負う。民法上、期間の定めがない雇用契約の場合、いつでも解約の申し入れ≒入社辞退ができるため、入社辞退は自由。ただし、企業側に損害を生じさせる場合には、損害賠償義務を負う可能性がある。というのが、正確な理解になると思います。

 

現実問題として、入社辞退に対する損害賠償請求を行う企業はほとんどないと思いますが、内定受諾後の入社辞退には、一定のリスクが伴うのは事実です。

 

 

「内定受諾後の辞退」が第三者に与える影響

ここまで企業と応募者との関係のみで、「内定受諾後の辞退」について見てきましたが、こうした辞退は、当事者以外にも少なくない影響を与えます。例えば、採用に関わった人事担当者の社内評価が、辞退をきっかけに大きく低下し、人事担当者の社内キャリアに影を落としてしまうことが考えられます。ご自身のキャリアを大切にするあまり、何の過失もない他人のキャリアに泥を塗ることになるのは大多数の方にとって不本意なことだと思います。

 

また、どの企業も、年齢と経験のバランスに欠ける法科大学院修了生の採用に大なり小なり不安を抱いていますが、法科大学院修了生の「内定受諾後の辞退」により、『やはり、法科大学院修了生は常識に欠ける人が多いので、リスクをとってまで採用すべきではない』と結論づけ、次年度以降の法科大学院修了生の採用を一切見送るというケースも実際にあります。

近年、法科大学院修了生の採用枠が増えている要因の一つとして、“先人である法科大学院修了生の入社後の頑張り”が挙げられますが、逆に、一人の法科大学院修了生の企業からの低評価が、後進の道を閉ざすことにも繋がりかねません。

 

 

最終的には、「義」をとるか「利」をとるかの決断

ここまで、内定受諾後に入社を辞退することの弊害・影響を並べて来ましたが、そうは言っても、皆様にとって大事な人生のご決断。「他の何を差し置いても、自分にとって一番メリットの大きい選択をしたい」と考えるのは、ごく当然のことだと思います。その意味では、「義」を取るか「利」を取るかの難しい決断を迫られる場面と言えると思います。

ただ、結論として、自らの「利≒良い条件の他社の内定や司法試験合格」を理由としての「内定受諾後の入社辞退」は、お薦め出来ません。

 

孔子の言葉に『君子は義に喩り(さとり)、小人は利に喩る』という言葉があります。これは、優れた人物は人としてあるべき姿を判断基準とし、小さな人物は自分の利益に繋がるか否かのみを判断基準とするという意味合いだと言われています。

実際、ビジネスパーソンとして成功している方は、「義」を大切にし、周囲からの信頼を集めている方が圧倒的に多い印象です。また、個人的な体験上も、ビジネスの世界での成否は人から信頼してもらえるか否か、ひいては、人から信頼される自分であり続けられるか否かに大きく左右されると感じています。

信頼が置ける相手だからこそ、人は、自分の時間やお金、情報を預けてくれるからです。

そして、人から信頼される自分であり続けるためには、人から信頼される振る舞いを続ける必要があります。それは、人生の重大な局面であればあるほど、強く試されるところです。

 

逆に、人生の重大な局面で「利=自分にとってのメリット」を最優先し、周囲からの信頼を落とす選択を行ってしまった場合、人は、自分が行った過去の決断を肯定したがる生き物ゆえに、その後の選択の場面でも「利」を優先することが強く肯定されて行くことになります。それは、人から信頼される自分でい続けることが難しくなることを意味します。

その意味で、長い目で見たときに、「利」を優先する決断は、ご自身の「利」を考えても、ネガティブに作用する可能性が高いと言えるのではないでしょうか。

 

何より、これから晴れ晴れとした気持ちで新しいスタートを切ろうというタイミングで、人の恨みを買い、その門出にミソがついてしまうのは、なんだかもったいないような気がします。

 

不確実な未来に向かって行う、とても悩ましく難しい選択にはなりますが、だからこそ、いずれの選択が自分にとって「利」のある選択になるのかを見究めるのは極めて困難です。

そうであれば、一度、入社の約束をした以上は、

 

・家族の病気等が理由で入社が難しくなった

・内定先の対応が甚だ不誠実で信頼関係が著しく破壊された等

 

のよほどの事情がない限りは、「人から信頼してもらえる自分であり続ける」という軸でご決断を行われるのが、ご自身にとって、一番メリットのある選択になるのではないでしょうか。

 

 

この記事を読まれた方は、ぜひ下記の記事も読んでみてください。

『就職活動を始める法科大学院修了生が最初にやるべきこと』

『Q.司法試験の合格発表前に企業への就職活動をすべきでしょうか?』

 

 

 

 

【筆者プロフィール】
齊藤 源久

法科大学院修了後、大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。

2014年より、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。前職での採用責任者の経験・長年の法務経験・司法試験受験経験などを生かし、法科大学院修了生の就職エージェント業務、企業の法務部に派遣する法科大学院修了生向けの法務実務研修の開発・実施などを担当している。

 

 

ページトップへ