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就職ノウハウ

“ビジネス社会”と“司法試験界”との価値観の違い

Q.法科大学院修了生が意識すべき「ビジネス社会における価値観」

A.

法科大学院修了生が長年過ごして来た司法試験界。そこは、ビジネス社会とは少し異なる価値観が大勢を占める世界でした。そのためか、司法試験を終えて新たにビジネス社会に入っていったときに、今までの「価値観」との違いに戸惑い、適応できずに苦しむ法科大学院修了生も少なくありません。

もちろん、どちらが優れた価値観かという優劣をつけられるものではないのですが、いずれにしても、ビジネス社会にスムーズに入って行くためには、そうした価値観の違いを認識し、ときに自分自身の価値観をビジネス社会寄りに微修正して行く必要があります

本記事では、“司法試験界に特有の価値観”と“ビジネス社会での価値観”を比較しながら考察していきます。

 

 

➊「勉強を頑張ること」は必ずしも褒められない

法科大学院在学中、そして、司法試験に向けて勉強している期間中、基本的に「勉強を頑張ること」は、無条件に肯定されることだったと思います。教授・予備校講師は一生懸命勉強するよう促し、同級生・先輩・後輩の間にも、勉強を何よりも優先してやるべきだという空気が確かに存在したと思います。

そのため、ビジネス社会に出た後も、「勉強を頑張ること」が無条件に肯定されると考える法科大学院修了生は少なくありません。

しかし、ビジネス社会では、「仕事で成果を出すこと」こそが褒められることで、仕事の成果に結びつかない漫然とした勉強は、特に褒められる対象とはなりません。不等号で表すと、

 

【仕事で成果を出す > 仕事で成果を出すための勉強をする >>>>> 仕事の成果に結びつかない勉強をする=趣味?】

 

といった順番になります。この順番を意識していないと、努力を注ぐべき対象にズレが生じ、周囲からの評価を高めるのが難しくなります。

 

 

➋司法試験の成績が良いだけでは高く評価されない

法科大学院在学中も司法試験の受験中も、司法試験の成績の良し悪しこそが評価の良し悪しという価値観があったと思います。また、多くの法律事務所の採用において司法試験の成績の占めるウェイトが多いのも確かです。しかし、ビジネスの世界では、司法試験の成績の良し悪しは思ったほど考慮されないことが多いと思います。

そもそも、世の中では、司法試験に関心が低い人が大多数ですし、ビジネスの世界で司法試験の問題を解くという仕事は存在しないからです。

企業の人事担当者の方のお話を伺っていても、仕事が出来ないことを理由に、周囲から辛辣な評価を受けている弁護士資格者の方も少なくありません。

(もちろん、仕事が出来る弁護士資格者は、非常に高く評価されていますが)

 

【司法試験の成績が良い人 <<< 仕事が出来る人】

 

ビジネスの世界では、こうした図式が顕著に存在すると言えます。

 

 

➌法律に詳しいだけでは周囲から話を聞いてもらえない

法律に関心のある人達からすると、法律に詳しい人の話は“耳を傾けるに値する崇高な話”と捉えると思いますが、世の中の大多数を占める「法律に関心のない人達」からすると、法律の話は退屈でわかりづらく、出来れば聞きたくない話と分類されがちです。

法科大学院修了生の中には、企業に入社後に現場担当者に対して、嬉々として専門用語を並べ立てた法律論を語り閉口されてしまう方がおられますが、まずは「普通に話したのでは、原則、まともに話を聞いてもらえない」という出発点からスタートさせる必要があります。

 

 

➍“法律関連の仕事”は他の仕事よりも尊いとは周囲に思われていない

弊社でインターンをしている法科大学院修了生を見ていても、「“法律関連の仕事”は、高尚で大変な仕事なので、“法律関連の仕事”に取り組んでいる間は、それに没頭・集中していてよい(他の雑務はやらなくてよい)」と捉えている方が少なくありません。

しかし、企業内において、“法律関連の仕事”は他の仕事よりもハイレベルで尊いとは思われていないケースが多いですし(逆に、「お金を稼ぐ仕事 > 法務含む管理部門の仕事」と捉える風潮の方が強いです)、専門的な仕事に没頭する人よりも、パッと他の仕事にも手が伸びる人の方が高く評価される傾向があります。

 

 

➎社会は想像以上に体育会系

かっこいい弁護士と聞いたときに、「クールで理知的、淡々とロジカルに難しい事象を説明できる」といったイメージを抱かれる法科大学院修了生は少なくないのではないでしょうか。しかし、良し悪しはともかく、ビジネス社会の多くは、皆様の想像以上に体育会系の価値観で動いています。

そのため、クール・インテリジェント・ロジカルであることよりも、明るく元気で可愛げのある後輩・部下であることが評価される風潮があります。面接でもこうした人物像を備えた方の選考通過率が高いのも、そういった理由になります。

 

そして、この部分に、法科大学院修了生の価値観とビジネス社会の価値観との大きな違いを感じます。

 

例えば、ビジネス社会の多くの場面では、発言の論理的な正しさは必ずしも最優先されず、親しみを感じる人による発言か否かが優先される場面が少なくありません。誰からの発言かが大事で、その上で論理的に話せるとプラスに評価されるといった具合です。その意味で、

 

【優秀さ < 愛嬌・親しみやすさ】

 

という図式が多くの場面で適用されます。

 

また、体育会系の価値観の下では、目上の人に対する「弟子入り感」が重要になります。クール・インテリジェント・ロジカルであることを優先してしまうと、自分の優秀さを押し出す形になり、弟子としての振る舞いと対極の振る舞いに繋がりがちです。映画や漫画に出て来る師匠と弟子の関係のように、

・やる気を前面に出しつつ、明るく元気にエネルギッシュにを心がける

・師匠が自分のためにしてくれたどんな小さなことにも感謝を示す

・師匠の手を煩わせないよう出来るだけ見て盗む

・師匠が喜びそうなことを率先して探す

・持論を展開して師匠と議論をするよりも、ひとまず師匠の意見のメリットに目を向けて受け入れてみる

 

こうした振る舞いが、体育会系の価値観の下で評価を高めることに繋がります。

正直、そんなことで評価されるのかとバカらしく感じる部分はあるかと思いますが、世の中がそうした価値観で動いているのであれば、それを利用した方が有益と言えます。

 

 

❻ミスをなくすための念押しのコミュニケーションは上から目線と取られる?

普段、法科大学院修了生の方々とやり取りをしていると、心配性なところからか、相手のミスを前提に「伝達漏れはないですか?忘れていないですか?本当にあってますか?」といった趣旨の念押し・確認のメッセージを送ってくる方が非常に多い印象を受けます。

例えば、部活やサークルのリーダー・サブリーダー的なポジションの人が他のメンバーに対し、相手のミス・不手際を前提とした確認のメッセージを送ることは自然ですし、むしろ、ときに「気が利く」という好印象に結びつくこともあると思います。しかし、ビジネス社会においては、少なくとも、目上の人や上下関係にない人に対して、逐一、「相手はミスをしているのでは?」、「相手は忘れているのでは?」という前提では考えないことが多いと思います。

仕事を進めて行く上では、膨大な情報をスピーディーに処理する必要があるため、「相手はミスをしていない」という信頼・尊重の下で仕事を進めて行かざるを得ないという背景があります。「ミスをしていませんか?」「ミスはしていません」という一連のやり取り自体が双方にとってコストになるということです。

一方で、上司⇒部下、元請⇒下請、専門家⇒非専門家等の関係においては、相手のミス・不手際を前提に、確認・念押しのコミュニケーションを行うことは珍しくありません。いわゆる、『マネジメント』という行為です。

そのため、法科大学院修了生がビジネス社会に出た後に、そうした相手のミス・不手際を前提とした確認・念押しのコミュニケーションを目上の人や同僚に対して行った場合に「上から目線」という誤まった印象を与えてしまうおそれがあります。

その意味で、目上の人や上下関係にない同僚等に対しては、ミスである可能性が高いと判断するに足る根拠がない限りは、確認したい衝動をグッと堪えて、「相手はミスをしていない」という前提でやり取りを行った方がよいと思います。

 

 

❼仕事に支障のない関係性=最低限のコミュニケーションを取っている関係性ではない

職場は友達作りの場ではないので、仕事に支障のない関係性を築ければ一旦問題ないと考える方は多いのではないでしょうか。個人的にも、その点には賛同しますが、多くの法科大学院修了生が誤解しているのは、法務含め“コミュニケーションのウェイトが重い職種”においては、

 

「仕事に支障のない関係性 = 業務連絡などの仕事を遂行する上での最低限のコミュニケーションを取っている関係性」

 

ではないということです。

社内に、業務連絡などの最低限のコミュニケーションしか取らない人材がいた場合、「とっつきづらい、距離を感じる」といったレッテルを貼られて浮いてしまう可能性は低くないと思います。そうすると、

・必要な情報が十分に届けてもらえない

・デリケートなコミュニケーションを取りたいときに相手側にそれを受容する下地がない

 

といった問題が生じ、仕事に支障が生まれることが懸念されます。少しハードルが高く感じるかもしれませんが、実際問題、“コミュニケーションのウェイトが重い職種”においては、

 

「仕事に支障のない関係性 = 最低限、軽い話題であれば、和気あいあいと話せる関係性」

 

くらいのレベル感が求められると考えてよいと思います。採用力が高く、ある種人材を選び放題の超大企業に入社する人材の多くは、「快活で好感度が高い」といった特徴を持っていますが、こうした偏りの理由はその辺にあるのだと思います。

 

“最低限、軽い話題であれば、和気あいあいと話せる関係性”を構築する上では、単に事務的なコミュニケーションを行うに留まらず、ある程度の自己開示と相手に対する興味を示す必要があります。

前者の観点では、例えば、イベントを欠席するときには「所要により欠席します。」ではなく、「その日は●●があって、●●しなければならないので欠席します。」といった情報提供を行うと、人間関係の構築を閉ざしている人と思われにくくなりますし、雑談の中でも、自分の体験を積極的に開示することで距離を縮めることが出来ると思います。

後者の観点では、相手に興味を持っている、共感していることを伝える相槌が重要になると思います。たまに、相手の話を消化・理解するのに集中するあまり、相槌をしない方がいますが、良い関係性を作る上では本末転倒です。

絡めそうな話題であれば、積極的に自分の体験を交えながら会話に入って行く、よくわからない話題であれば、相手の話への興味・関心を相槌で示しながら、適切な質問を交えて相手の話を全力で理解しに行く。よほどの専門職でない限り、ビジネス社会では大なり小なり、こうした姿勢が求められています。

 

 

❽分析・アイデア出しよりも“行動”が尊ばれる

法科大学院修了生の中には、「頭脳が優秀であること」の価値が高いと考え、分析力や発想力など、脳内活動の質の高さをアピールしようと考える方が少なからずおられます。しかし、ビジネスの世界では、現場から外れたところで分析する人よりも、実際に行動する人の方が尊ばれる傾向があります。もっと言うと、「走りながら考えられる人」が最も高い評価を受けると言えると思います。

【分析 < 行動】

【失敗がない < トライの回数が多い】

 

といった価値観が働いている場面は少なくないですので、その点を念頭に入れながら、何をアピールしたらビジネスの世界で評価を高められるのかを再考してみるとよいと思います。

 

 

❾「慎重にじっくり」よりも「クイック&ダーティ」が評価される場面が多い

法科大学院修了生の就職支援やインターン参加者との対話の過程で、しばしば耳にする言葉があります。

 

自分は慎重派なので、急かされてアウトプットを出すのは苦手なんです。じっくりと時間をかけて情報収集・検討を重ねて質の高いものを出したい。

 

実際、一通の応募書類を作るのに何日も要したり、インターンで出された課題を想定の数倍もの時間をかけて仕上げる法科大学院修了生は少なくありません。年単位で準備を行う司法試験界においては、自分自身のこだわり(納得感)をスピードに優先させやすい環境があるのも一因だと思います。

しかし、基本的に、ビジネス社会における、仕事のアウトプットの質とスピードのバランスに関しては、以下の評価順となっています。

 

 

【最上位】クイック&クリーン(質の高いアウトプットを迅速に出せる)

【上 位】クイック&ダーティ(質はさておき、一応のアウトプットを迅速に出せる)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

【下 位】スロー&クリーン(質の高いアウトプットを時間をかければ出せる)

【最下位】スロー&ダーティ(質の低いアウトプットを長い時間をかけて出す)

 

 

頼んだ仕事に対し、一向にアウトプットが出てこないということは、忘れてしまっているか仕事が滞っているかのどちらかということになりますので、仕事の依頼者≒上司は、念押し・確認を行う必要に迫られます。また、アウトプットが遅くなることで、関係各所に迷惑をかける可能性があるため、場合によっては、仕事の依頼者は、遅くなっていることの報告とお詫びを関係各所に行う必要があります。そのため、【スロー】のレッテルは、一緒に仕事を進める上で、ネガティブでしかありません。

 

さらに恐ろしいのは、スロー&クリーンを前提として仕事を進めると、しばしば、結果的にスロー&ダーティに陥るという点です。

 

仕事を行っていると、実際にアウトプットを出してみた結果、依頼者が意図していたものと異なるものが仕上がって来ることが多々あります。依頼者側の説明不足・説明の不明瞭さ、説明を聞いた側の理解不足・ヒアリング不足などにより、認識に齟齬が生じていることが主な原因です。そして、こうした認識の齟齬は、一旦のアウトプットを出すタイミングで露見するケースが大多数です

 

仮に、認識の齟齬を抱えた状態で、スロー&クリーンを前提に仕事を進めた場合には、スロー&ダーティとなり、さらに、認識の齟齬が露見するのが遅れた結果、ただでさえ遅れたアウトプットの完成が、大幅な修正を要することにより、一層遅れることになります。

 

だからこそ、仕事は、仮にダーティなアウトプットになったとしても、クイックを心掛け、認識の齟齬の有無を早期に確認することが重要です。

「慎重に時間をかければ、いいアウトプットが出せる」ということが評価される場面は、ビジネス社会においては、ほとんどないとお考えいただいてよいと思います。

 

 

いかがでしたか。世の中がこんな価値観で動いているのかと驚かれたところも多少はあるのではないでしょうか。ただ、繰り返しになりますが、ここでご紹介したビジネス社会の価値観が、全て好ましいものというわけではないと考えています。

実際、私自身も、ビジネス社会に出たばかりの頃、こうした数々の価値観のギャップに苦しみ、困惑した記憶があります。

 

ただ、やりたい仕事にありつけるのも周囲からの高い評価があってこそです。そして、周囲から高い評価を得るには、まずは、その世界のゲームのルールを知らなければなりません。

本記事を通じて、ゲームのルール≒ビジネス世界の価値観の一端に触れ、就職活動、そしてその後のキャリアを有利な形で進めていただけると嬉しいです。

 

 

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【筆者プロフィール】
齊藤 源久

法科大学院修了後、大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。

2014年より、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。前職での採用責任者の経験・長年の法務経験・司法試験受験経験などを生かし、法科大学院修了生の就職エージェント業務、企業の法務部に派遣する法科大学院修了生向けの法務実務研修の開発・実施などを担当している。

 

 

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